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田舎のお葬式

またしても日々イベント目白押しで更新が滞ってしまいました。

さて11月10日の23時頃お隣に救急車がやってきました。夜中でもありますし、野次馬のようでもあり、見に行くこともせず…。翌朝、班長さんが来て、隣のお内儀の訃報。
突然のことで皆驚くばかりでした。
その日の夕方6時、納棺されたお宅へ班(組合とか組打ちとも)の全員が集まり、ご主人から話を聴き、皆で『一人じゃないから協力して頑張ろう』と励ましました。そして、それぞれが故人に最期の挨拶をし…、在りし日を想うと胸にグッときます。最期まで牛の世話をし、米を作り、話すといつもにこにこして、動物がとても好きなひとでした…

翌12日の通夜(夕方6時から30分程:4時15分には車に乗り合わせて相棒が行きました)と13日の葬式の受付を班の男4人が、お葬式のお斎(おとき:会食)の配膳(お別れのお酒、おかず弁当、お手拭割り箸を席に並べ、ご飯・味噌汁・お茶を入れる)を女4人(80代2人と70代1人と私40代)で約70人分(葬儀社の方の指導の下…)。最期に残ったご飯で丸おにぎり(角が無いようにとのこと)を握りました。
お葬式当日は、朝8時半に葬儀社の迎えのバスでうちの前から、班長さん(うちまでセニアカー)、うちの上のご夫婦で5人乗り込み他3名を乗せて10分ほどで葬儀場に到着。朝のお斎を8人で故人と最期の食事とのこと(朝食は抜きでくるように言われてました)12時会葬開始まで上記のお手伝いをし、会葬・出棺後、別棟で親戚の方からお弁当の接待をしていただきました。

さて、このように葬儀社が一般的になる前は各戸でしていたお葬式。
会葬者が相当数あった葬儀は班の人達は受付・接待など、それはそれは大変だったとのこと。
また、一昔前までは土葬で、四角い細長い棺を縦に埋める穴を班の男衆が堀った話、『相当大変だった!』としみじみ言う人やおやじから聞いたという人などあり。女衆は朝から晩まで食事の用意に徹し、これまた大変だった話。
他にも香典袋は紛失の無いように孔をあけて紐を通していたそうです。などなど興味深い話をいろいろ聞くことができました。

田舎の「組合(隣保班:隣近所の小さな部落単位)」というのは、同じ空間で生活を共にする同士であり助け合いの精神でなりたっていることを実感しました。牛飼いの喪主が一晩家を空けたら、翌朝牛に水をあげてくれる隣人。男独りになってしまったこれからの生活を皆で心配し、ある意味親戚よりもより近い存在であることが良く解りました。

そんな田舎のつながりが素敵だなって思えたお別れ会でした。

精神的にも体力的?にも、きつかった怒涛の非日常な3日間。
土曜夕食受付弁当(?)に始まり、日曜朝おとき(友修製)、昼おとき(あそぼ学舎製)、夜敬老会のお弁当(つちや製)?と弁当三昧でございました…。
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葬儀で飾られた花をいただきましたので、ガラにも無く家中花を飾っている次第です(相棒からは女の人が棲んでる部屋みたいだと、?な褒め言葉いただきしました。ので記念に撮影)
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さらっと改修後の家の様子も…こちら洗面所
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台所
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お風呂場
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玄関のニッチスペース
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花の或る生活、何日持つことやら…
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